【”内から見る(聞く)情報と 外から見る(聞く)情報は、全く違う別のもの】
スリランカに訪れて感じたことで、メンバーシップでお話しした大切なものを一部抜粋してここに綴ります。
まず大前提として私が今やっていること、その延長線上でやりたい事、それは、
私が創っているこの”トレード學”を通して、
今の日本人の現代人が教えられていない、
アクセスできない、大切な本質を得て豊かになり続けられる
そんなわたしにしかできない世界に唯一無二の”學問を創ること”、
そして
”資本主義的な側面と、精神主義的な側面”、
この世界の表と裏の全てを丸ごと優位に進める學びを仲間達とし続け、
関わってただいた方々と共に豊かになり続けること、
そしてそのような”學問を創り続け、追求し、進め続ける”事です。
何か興味を持っていただいたり、直感的にシンパシーを感じていただける方がいらっしゃれば幸いです(^^)♫
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さて、この記事でこれからお話しする考え方は、
情報へのアクセスがかなり制限されてしまっているコントロールされてしまっている現状が存在する
”私たち”日本人”が特に持つべき最も大切なマインドセット”だと思っています。個人的には、全日本人、特に子どもたちや大人に何かを教える立場の人、情報を扱う人は根幹に必ず持ってほしい考え方です。
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さて、今回スリランカへ訪問した際に、
政治宗教経済の話を現地の人とよくしたのですが、 彼らが目にして耳にしている情報がまるで、私たち日本人と違いました。
もちろんおおまかな概要は日本でもニュースで少し聞いたり目にしたことあるなというものはありました。
しかしそれらがなぜ起こったのか、その事象に対して捉え方や詳細、歴史的背景、全てが現地の人と遠い異国に住み人間とでは情報がまるで違い、 それらの事実の本質を全く知らない平和ボケしている無知な自分をとても恥じました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/スリランカ連続爆破テロ事件
例えば、スリランカで起こったこの2019年に起こったこのテロ事件。
この悲惨な事件について明確に何が起こったのかを説明できる日本人は何人いるでしょうか。少なくとも僕は全くできませんでした。
この事件は宗教的な背景が色濃いこともあり、世界的に見ても大事件とされているものです。
これらのお話を聞いていると、直面した彼らはこれをおそらく9.11米国同時多発テロと同等もしくはそれ以上の事件と捉えている印象を受けました。当時の説明や歴史的背景を現地の方から受けこの現場にも連れて行ってもらい、 そこには生々しい爆発で抉れた教会や、その床に多数の銃痕があり、今でもそこで亡くなられた方に追悼をし続けていました。

これらを目の当たりにして、 言葉にならない何かよくわからない危機感も覚えました。
もちろん、当時の自分にとっては必要のない情報だという認識から 無意識に情報を脳からシャットアウトしていたことも、 それらをほとんど知らない大きな要因としてはあるでしょう。
しかしここまで、”情報というもの”が自分が思っている、 生きている世界や場所タイミングによって、 そこには数万倍以上のギャップや乖離があり、 それらは少なからず、むしろ大きくどこかにコントロールされた情報を 僕らは得ている事に間違いないという事実に 改めて衝撃を受け、とても考えさせられました。
これらの経験から、心底、僕らが追う”情報”というものは、 真偽がとても難しく、何が本当の事で何がフェイクであるかの判断は ほとんどつかなくて当たり前なものだとも感じました。
得た情報、得ている情報、保有している情報が もしかしたら全く違う可能性を疑うことの大切さ、 自分が良いと思っている情報の根幹や本質を知ること、 それらが本当に事実で大切なものであるかどうかを、 本質を押さえた上で、自分自身の物差しで押し測る事の大切さ、
その自分の物差しのクオリティを學び続け磨き続け変化に適応させ続ける事が 何よりも大切な事だと体感しました。
”この空間”で私がよくお話をさせていただく、 ”物事を立体的に見て本質を得る”ことを情報一つ取るに当たっても もっと日本人は意識した方が良いのではないかと感じます。
僕らが生業とする、 ”ファンダメンタルズ”の政治的な思想や宗教的な思想などに関係する”情報”は特に メディアや情報ソースによってかなり偏っていがちです。
(日本のみならず当然海外も) そのような情報を取る際には
【”右と左”(そしてそのどちらにも属さないものの情報)】を知ること、 そして何より、
【”内と外”(Ex 日本国内から情報と、海外から見た日本国内の見られ方)】 を知ることと、
本質的に物事を立体的に捉えた上で判断すること、これらが大人として何より大切な事だと思います。
(この私が今記しているこの内容も、内にいる人と外にいる人では全くその意味が変わってしまっていたり、理解にも雲泥の差がついていると思います)
そしてこれらがもし仮にできていたとしても、
どうしても一人(個人)の考え方だけである場合、何かに偏ってしまいます。(自分の好みや自分の経験、偶然取得した情報による偏りなど)
だからこそ、
”本質を得ている人同士の議論や会話”によって、より良い情報をや考え方共有すること、
それらを得た上で、またその事象や情報から本質や真理に辿り着くこと、
そしてそれらをブラッシュアップして、時代の流れに変化させ続けること、が この”行きすぎた情報社会”において、何よりもとても大切な事だと思います。
ここでお伝えしている、自分の力で”本質を見る方法”もまたフラクタルに通用するものであり、 これらはもっとレベルを上げ続けよりよくし続けていくと改めて感じました。
ぜひ考えたことや自分の意見も誰かに必ず共有して下さい。 おそらく、それに正解も不正解もありません。
あなたにとっての今の正解や答えがそこにはあるだけです。


そして、それらの自分の軸や核を元にした意見を持つために最も必要なこと、
自分という人間の本質をもとにした意見や価値観を持つために最も大切なことは、
常に?(Why)を突きつけることです。
西洋哲学の偉人たちもそれが”本質(≒イディア)を見つける最も有効で本質的な方法だと言っています。
目に見えないものに直結する、宗教、政治、その人が大切にする哲学は、超複雑系で難しい事象ですし、自分にとっての反対意見のそれも、別の立場のそっち側の人が見ると正です。
お互いに知ること、尊重すること、その上で議論すること、長期的に見て何を選択するのが未来の子孫に良いのかを考え続けること、その中で自分の軸を持つこと、これらが大切だと確信をしています。まずは何も僕らは知らないことを知ってその上で自分の良いと思うものを學んで下さい。
”和をもって尊しとなし”
日本人の先人達は、それらを何よりも大切にし、最も尊重していたと思いますが、
時代が進み、資本主義、物質主義が進むにつれて、そこに拍車がかかっている、昨今、
そしてそこで成功することが最短経路な”表面的な豊かさ”に繋がりやすいこともあり、今まで日本人が大切にできていたものからの、”分断”が進んでしまっているとも少し感じられます。)
本来、”政治も宗教も、人間が”豊かになる為のものなのに、
それらが”資本主義と混ざる”と違う考えを持つ人たち同士が対立し争う、 上記のテロ然り、全く逆の意味に働いてしまう世界で頻発しているこの現実も いろんなことを考えさせられました。
そして、ここにはやはり物質的(資本主義)・精神的な”豊かさ”が因果関係として必ず存在していると。 これらどちらかではなく、両方満たし學び拡大し続けることが、 個人においても家族においても、自分のコミュニティ、社会、国においても”豊かさ”に間違いなく繋がるものであるとも確信ができました。
しかし、その反面、日本人は現在は無宗教の人が多いですが、 いろんな対立しそうな考え方を吸収し文化に美しく融合することに長けた 世界的に見てものすごく珍しい、すごい特殊能力を持つ民族なんだなともこうやって世界の人々と交流をすると、改めて感じます。(根っこが神道ベースの八百万の神々を信仰できる民族だからかなとも(^^))
聖書などの預言によると救世主は東の方角から現れると云われていますが、 もしかしたらやはり日本人かと考えてしまいますね(^^)!笑
これらの宗教的・資本主義的な背景を鑑みるとむしろ日本人にしかできない事である気も、僕は本気で思っています♫笑
この空間を、 資本主義という面の豊かさと、人間の精神の面の豊かさをより良い方向にもたらす、 両側面をよりよくすることができる、
そしてそれらを得ることで全てがよりよくなる、 そんな何か一助にできるような”空間”にし続けたいと考えています
まずはここにいらっしゃる方々が皆、豊かで在り、より良くなり続けますように(^^)





いつも皆様本当にありがとうございます。感謝しております。八咫🐦⬛🌎🇯🇵❤️⛩️
#スリランカ #シギリヤロック